ふろなし生活

郊外のニュータウンから、下町の長屋に引っ越してきました。

洗い場のドア係

小学校の一時期、クラスに「ドア係」なる役職があった。
 
「飼育係」や「黒板消し係」と同じ類の学級当番で、冬場に教室が寒くならないよう、誰かが開けっ放しにしたドアを見つけ次第閉める仕事である。誰の発案だったか記憶にないが、クラスでものろまな雰囲気のあるYくんが務めることになり、案の定わざとドアを開けっ放しにして「おいドア係〜!!」とやるバカが出はじめたのですぐ廃止になった。
 
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風呂屋にも「ドア係」がいる。これは決まった誰かというわけではなく、洗い場のドア付近のカランに陣取ってしまうと「ドア係」をやるはめになるのだ。この季節は脱衣所へのドアが少し開いているだけでも木枯らしのような冷気があたたまった身体に吹きつけてくる。
 
ドアを開けっ放しにしてしまう人というのはおおむね2種類いて、ここでは仮に〈ビギナー型〉と〈おおざっぱ型〉としよう。
 
(1)ビギナー型
〈ビギナー型〉は単純に銭湯に不慣れなのか、閉める素振りすら見せない人たちである。これは若者かまちあるきのついでに寄ってみましたという感じの中年に多く、脱衣所にいるときから「あ、この人はきっとドアを閉め忘れるな」という雰囲気を漂わせている。
 
(2)おおざっぱ型
ドアを閉めることは閉めるけれどいい加減にやるから閉まりきっていなかったりドアが跳ねてもう1度開いてしまうパターンである。ボケ気味の老人やいかにも細かいことに無頓着な常連のジイさんによく見られる。この人たちのクセは直らないので周りがフォローしてあげなければならない。
 
向き直って、開けっ放しのドアを閉める人はどうか。これは〈いましめ型〉〈やれやれ型〉〈こっそり型〉の3種類に大別できるように思う。
 
①いましめ型
ドアが開いていると烈火の如く怒り、設備をぶっ壊す勢いでピシャリと閉めるタイプである。(ガラガラガラ〜……ビシィッ!!)と大きな音がして振り返ってみたら知らないジイさんがこっちを睨んでいて青ざめるというトラウマを〈ビギナー型〉に植えつける。この強烈な体験によって同じ失敗を繰り返さないようになるが、2度と銭湯には行きたくないと思わせてしまうかもしれないため、店側にとってはあまりありがたくない。とはいえ、洗い場の客は気持ちが少しスカッとするのも否めない。
 
②やれやれ型
成熟したいい大人が〈いましめ型〉のように感情を表に出してはみっともないと、「やれやれ、またか……」と言いたげな雰囲気で重たい腰を上げる人たちである。これがまたイヤミな感じで、開けっ放しにした相手をじいっと見ながら(ガラ……ガラ……)時間をかけて閉めるので、良心を持った相手であればじわりと反省の念が押し寄せてくる。性格にやや歪みを感じ、筆者もこのタイプにあたる。
 
③こっそり型
〈おおざっぱ型〉の懲りない人や、ドアを閉めるのも一苦労の高齢者が相手のときに、誰にもわからないようなナチュラルな動作でスッと閉めてあげる紳士的な対応である。いかにも開けっ放しのドアを閉めるためにわざわざ立ち上がったかに見えないよう、浴槽やシャワーブースに向かう途中にあたかもその場で気付いたような、「ついで」の動作を装うのも奥ゆかしく、これこそ作法と呼ぶにふさわしいタイプである。
 
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ところが、つい最近リニューアルした銭湯に足を運んでみると、なんとドアが半自動で閉まるではないか。もう開け放題である。洗い場のレイアウトも、ドアを開けたらカランが吹きさらしなんてことのないように工夫されているので、「ドア係」はいらなくなったのだ。さてさて、これから〈いましめ型〉や〈おおざっぱ型〉の人たちとはどこで出会えるようになるんだろう。
 
今夜もまたサウナ客がドアを全開にして出ていった。思ったよりも寒くなくて、湯気のこもった洗い場を心地よい風がふうっと上っていく。つらい冬ももうすぐおしまい。